早稲田大学 のバックアップ(No.3)
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- 早稲田大学 へ行く。
- 1 (2021-03-27 (土) 10:38:16)
- 2 (2021-03-30 (火) 00:32:41)
- 3 (2021-04-04 (日) 09:40:54)
- 4 (2021-04-05 (月) 03:15:28)
- 5 (2021-11-25 (木) 13:26:15)
- 6 (2021-11-26 (金) 00:17:00)
- 7 (2021-11-26 (金) 09:19:24)
- 8 (2021-11-26 (金) 15:01:05)
- 9 (2021-11-28 (日) 05:56:37)
- 10 (2021-11-29 (月) 11:44:50)
- 11 (2021-12-01 (水) 15:17:59)
- 12 (2022-03-08 (火) 16:36:10)
- 13 (2022-03-09 (水) 17:08:07)
- 14 (2022-04-02 (土) 04:56:26)
- 15 (2022-04-10 (日) 20:22:00)
- 16 (2022-05-12 (木) 19:49:20)
- 17 (2022-06-04 (土) 19:04:11)
- 18 (2022-06-05 (日) 19:09:11)
- 19 (2022-06-07 (火) 12:34:12)
- 20 (2022-10-26 (水) 01:21:15)
- 21 (2022-10-26 (水) 23:28:04)
- 22 (2022-11-11 (金) 00:58:34)
- 23 (2023-11-02 (木) 11:24:00)
- 24 (2024-10-08 (火) 03:39:29)
- 25 (2024-10-08 (火) 14:38:31)
- 26 (2024-11-02 (土) 21:44:26)
- 東京都に本部を置く日本の私立大学。
- 通称は「早稲田(わせだ)」。
概要
- 前身は、1882年(明治15年)に大隈重信が創立した東京専門学校*1。
- 1902年(明治35年)、早稲田大学に改称。
- 元々、校舎があったのは東京府南豊島郡戸塚村であるから、本来は「戸塚大学」である。
- 東京府南豊島郡戸塚村にあったのは、創立者・大隈重信の別邸である。
- 1904年(明治37年)、旧制専門学校。
- 1920年(大正9年)2月5日に大学令に基づく大学(旧制大学)となった(慶應義塾大学とともに私立大学として初)。
- 1949年(昭和24年)、新制早稲田大学。
特徴
- あらゆる学力層の学生が在籍する懐の深い大学である。
- 東大僅差落ちのいわゆる「東大くずれ」から、脳筋のスポーツ推薦や内部進学、アルファベットすら覚束ない自己推薦・AO入試組まで在籍する。
- いまだにバンカラ、貧乏学生のイメージも残っているが、学費は意外と高い。
- 毎年、出願あるいは一次金(入学金)送付の段階になって驚く受験生が多い。
- 出身にスポーツ関係者が多いので、地方では難関大学と認識されていないこともある。
- ミュージシャン、特にバンドマンの出身者が非常に多い。
- 小室哲哉(社学中退)、デーモン閣下(社学)、サンプラザ中野くん(政経中退)、亀田誠治、森重樹一(一文)、ドリアン助川(一文)、田淵智也、日高光啓、西寺郷太などなどなど...。
- 関東駿台物理科には早稲田卒業後、プロミュージシャンとしてMステにも登場した星研二先生がいる。
- ちなみに、YOSHIKIや及川光博が早稲田出身というのはガセネタである。
- 関西出身者も意外と多く進学する。
- 最近、大阪にも系属校(早稲田摂陵)が出来て関西進出してきた。
- 医学部設立が悲願である。
- 神学部(文学 (※以下復元不能)
- 1906(明治39)年、大隈重信が会長を務めてい東亜同仁会(アジア地域の医療と伝染病予防に貢献する民間組織)が大学敷地内に東京同仁医薬学校を立ち上げたものの、経営難で閉校している。
学部
- 比較的、学部ヒエラルキーがはっきりしている。
- 学内、及び卒業後のヒエラルキーは、入試難易度(≒偏差値)とは必ずしも一致していない。
- ランキング表を見て一喜一憂している受験生は要注意。
政治経済学部
法学部
文化構想学部
文学部
教育学部
商学部
基幹理工学部
創造理工学部
先進理工学部
社会科学部
人間科学部
スポーツ科学部
国際教養学部
キャンパス
早稲田キャンパス
- 通称"本キャン"。
- 旧名称:西早稲田キャンパス、本部キャンパス。
- 地名に基づいて古くから「西早稲田キャンパス」と呼ばれてきたが、大久保キャンパス前に地下鉄「西早稲田」駅が出来たため、「早稲田キャンパス」と改称された。
- 高田馬場駅からは意外に遠いので受験生は要注意。
附属校・系列校
- 勘違いしている人も多いが、早稲田高校は系属校ではあるものの、附属校ではない。直属の附属校は、早稲田大学高等学院(早高院)と早稲田大学本庄高等学院である。
- 戦後、旧制中学と旧制大学予科がそれぞれ新制高校となり、大学と同名の早稲田高校(旧制中学)の方が附属校とならなかったため混乱をきたしている。
入試
- 難易度においては、従来、政経だけが別格だったが、「早稲田ならどこでもいい」という受験生が増えるにつれて、元々、夜間であった社会科学部(第二政経・法・商)や第二文学部(現在廃止)でさえ超難化した。
- 数学で受けられる政経・商、小論文で受けられた第一文学部(現在廃止)は昔からよく理系の併願先にされていた。
- 受験事情をよく知らない人は文理制覇と騒ぎ立てた。
- 政治経済学部は一時期、数学が易化して理系が併願しやすかった時代がある(1985~1988年)。
- 例年、法を除く社会科学系の学部の試験日は連続しており(いわゆる「早稲田4連戦」)、文や人科まで併願すると最大6連戦となる。
- センター利用入試はボーダーが異様に高い。