北海道大学

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 北海道にある日本の国立大学。旧帝大の1つ。
 略称は「北大(ほくだい)」(ただし、国立大学法人北海道大学文書処理規程における文書記号は「海大」)。

概要 Edit

  • 1907年(明治40年)9月1日、札幌農学校東北帝国大学農科大学に改称した(勅令236号)。

特徴 Edit

  • 帝大ではあるが、かつては主に地理的要因で道内出身者が多く、名大、九大と並びローカル色が強かった。
    • 特に文系前期日程は半分近くが道内出身者である。
    • そもそも道民には北大が国立、しかも旧帝大という認識が薄く、まるで道立かのような言動も目立つ。
      • 北大は札幌農学校、クラーク、新渡戸を前面にアピールする一方で帝国大学については全くと言って良いほど触れないので、道内では旧帝大だと知らない人も結構いる。
      • 道内のある自称進学校は「北大50人受かるはずだったのに道外の奴らのせいで10人しか受からなかった!道内専用の枠を増やせ!」と自分勝手な発言をしている。受験生としては知ったこっちゃないし全国から集まるからこそ魅力ある大学だと筆者は思う。
    • それでも、道内出身者は30%台で名大、九大よりも全国から集まるので全国区の大学と言い張っている。
      • この理由としては総合入試の影響があるとか。また旧帝大の中でも数少ない後期日程を実施していることが上げられる。
  • 北海道帝国の帝都札幌市は北大のキャンパスの中にあるらしい(要確認)。

学部 Edit

教養部(廃止) Edit

  • 前身は、旧制高校ではなく北海道帝国大学予科
    • 1907年(明治40年)、東北帝国大学農科大学予科を付設。
    • 1918年(大正7年)、北海道帝国大学予科。
    • 1947年(昭和22年)、旧制北海道大学予科。
    • 1950年(昭和25年) 3月、旧制予科廃校。
    • 理・医・工・農の四類に分かれていた。
       
  • 大学予科を母体に学内措置で設置され、法制化はされなかった。
  • 「北大方式」と呼ばれ、いわゆる「北大方式」では、教養課程の学生を学部に分属させず、学籍を教養部において類・課程に分けた。
    これに対して、教官については関連の各学部に分属していた。
  • 文類、理類、水産学部という区分が用いられた。
  • 後に、文類・理類・水産類・医学進学課程・歯学進学課程に分かれた。
  • すべての学生は、教養部に原則として二年間在籍した。
    • 文類・理類の学生は、二年目後期から、教養部に学籍を残したままで各学部・学科に分属した。
 
  • 1949年(昭和24年)、学制改革により予科を吸収して新制北海道大学教養学科となる。
    • 予科、土木専門部、農林専門部の1年修了者は、無試験で新制教養学科へ移行。
  • 1950(昭和25年)、教養学科が一般教養科と改称された。
  • 1951(昭和26年)4月1日、一般教養科が一般教養部と改称された。
  • 1957(昭和32年) 7月、一般教養部教養部と改称。

総合教育部 Edit

  • 北大では,教養部の廃止以降,教養的教育を「全学教育」と呼んでいるが,1995年に創設された高等教育機能開発総合センターはそれを担うとともに,一連の教育改革プロジェクトの拠点ともなった。
  • 2011年度から、入学者は全員「総合教育部」に所属することになった。
    • 留学生以外の1年生全員がいったん、所属する。
  • 総合入試は文系・理系いずれからも受験可能。
  • 文系、理系のそれぞれでカリキュラムが統一されている。
  • 1年間、教養教育と基礎教育を学び、各学部に進む。
  • 総合入試による入学者は、2年次に進級する際に成績順で希望する学部学科に移行する。
    • 東大でいう「進学選択(旧・進学振分け)」制度に似たシステムを取っている。
    • 定員に限りがあるが、他系移行(文系から理系学部への移行、理系から文系学部への移行)も可能。
    • 希望する学部学科に行けず、希望学部に所属するためにあえて原級を選ぶケース(降年(自主留年))もある。

現代日本学プログラム課程 Edit

  • 留学生だけ入学可能であり、全ての授業は英語で行われる。他大学の教養学部に相当。

Integrated Science Program (ISP) Edit

  • 留学生だけ入学可能であり、全ての授業は英語で行われる。学士・修士一貫制。

文学部 Edit

  • 1950年(昭和25年) - 法文学部を文学部と法経学部に分離。

法学部 Edit

  • 1950年(昭和25年) - 法文学部を文学部と法経学部に分離。
  • 1953年(昭和28年) - 法経学部を法学部経済学部に分離。

経済学部 Edit

  • 1950年(昭和25年) - 法文学部を文学部と法経学部に分離。
  • 1953年(昭和28年) - 法経学部を法学部経済学部に分離。

教育学部 Edit

農学部 Edit

水産学部 Edit

函館高等水産学校 Edit

  • 1907年(明治40年)2月に設置された、札幌農学校水産学科を起源とする。
  • 1907年(明治40年)9月、東北帝国大学農科大学(附設)水産学科と改称した。
  • 1918年(大正7年)4月北海道帝国大学附属水産専門部と改称した。
  • 1935年(昭和10年)3月、北海道帝国大学附属水産専門部廃止。
  • 1935年(昭和10年)4月、函館高等水産学校設置。
    • 附属水産専門部が北海道帝国大学から分離独立・函館に移転する形で函館高等水産学校となった(日本最初の水産専門学校)。
  • 創立時は本科 (修業年限3年) に漁撈学科・製造学科・養殖学科の 3科を設置した(のちに専攻科として [旧] 遠洋漁業科を増設)。
  • 1944年(昭和19年)3月、第二次世界大戦中に函館水産専門学校 (略称:函館水専) と改称された。
  • 1949年(昭和24年)5月、函館水産専門学校は北海道大学に包括され、北海道大学函館水産専門学校となる。
  • 1949年、学制改革で北海道大学農学部水産学科 (旧制) と統合され、新制北海道大学水産学部となった。
    • 札幌農学校水産学科→東北帝国大学農科大学(附設)水産学科→北海道帝国大学附属水産専門部→1935年 函館高等水産学校→函館水産専門学校。
  • 1954年(昭和29年)3月、北海道大学函館水産専門学校廃止。

北海道帝国大学農学部水産学科 Edit

  • 1940年(昭和15年)4月、北海道帝国大学農学部水産学科設置。
  • 1947年(昭和22年)10月、北海道帝国大学北海道大学(旧制)となる。
  • 1949年(昭和24年)5月、学制改革により旧制専門学校である函館水産専門学校を北海道大学に包括し、農学部水産学科と合わせて新制北海道大学水産学部となった。
  • 1953年(昭和28年)4月、旧制北海道大学農学部水産学科廃止。

特徴 Edit

  • 別名「函館水産大学」。
  • 日本三大水産学部(北海道大学、三重大学、鹿児島大学)の一つ。
  • 旧帝大にしては入試難易度が比較的低く、学内外でバカにされることもあるが、本気で水産学を学びたい者には関係ない。
  • 村上由利子NHKアナウンサーの出身学部である(水産増殖学講座)。
     
  • 他学部と異なり、1949年度の新制大学発足当初から1994年度まで、一貫して他学部とは別枠で募集していた(水産科~水産類~水産系として別枠で募集。学科別の募集だった時期もある)。
    • 他の理系からも若干名進学できた。
  • 1955年4月1日、水産学部進学者を一括して一般教養部に水産類を設定。

医学部 Edit

  • 1952年(昭和27年) - 農学部獣医学科を獣医学部に昇格・設置。

医学部医学科 Edit

  • 総合教育部からも移行きるが、定員5名の超難関である。
    • 毎年、総理から5人ほど移行できる。 総理入学当初は誰しも「え、医学科に移行できるの?おれ医者になれるじゃん」と思うが実際ほとんど無理である。
    • 2023年入試で、医学科前期92→85へ減。総合理系から医学科への移行5→10へ増。残り2枠はどこへ?
  • 学士編入学(第2年次)試験を実施している。(募集定員:5人)
 
  • 「選抜試験」時代(1951〜1954年度)
    • 戦後、新学制となった1951〜1954年度までは、四年制大学に二年以上在学し、「所定の単位を取得」していれば、選抜試験を受けられた(札幌医科大学についても同様)。*1
    • 1950年9月、教養1期生が各学部に進入したが、医学部進入希望者は受験を許されず、他の学
      部に26年3月の入試まで6カ月間の「居候」。
    • 1951年3月、医学部入試。倍率は2.3倍。
      定員100名。北大31期生として、昭和30年卒
      業。
    • 1952年度入学の作家の渡辺淳一氏は、札幌南高から北大(一般教養部理類)に現役合格したものの、密かに東大再受験を企てていたが放棄し、北大医学部の選抜試験、京大文学部の編入試験には落ち、札幌医大に仕方なく進学した。
      • 同期入学の三浦雄一郎氏(スキー選手、登山家、獣医師)は獣医学部に進学している。なお、三浦雄一郎氏のWikipediaで渡辺淳一が「一般教養部で当時理学部に在籍していた」という記述は「理類」の誤りである。
  • 「医学進学課程」時代(1955~1994年度)
    • 1955年3月、医学部への進学には、2年間の医学進学課程修了と定められた。
      札幌医科大学は、医学進学課程を直に設けられず、北海道大学に60名の教育を委託。
    • 1955年4月1日、一般教養部理類に札幌医科大学定員が加算される。(142名合格)
      • 1955年6月22日、医学部80名と札医大60名とを一本化して、一般教養部理類の中に事実上の医学進学課程を設置。*2
    • 1957年4月1日、一般教養部に医学進学課程を公式に設置。(140名募集139名合格)
    • 医学進学課程設置当初(1955~1957年度)は札幌医科大学と一本化されていた。
  • 1958年度から札医大に医学進学課程ができて(昭和33年(1958)1月10日設置)、医進は北大医だけの進学課程になった。(80名募集83名合格)
  • 1965年度からは定員を100名に増やした。
    • 歴史学者の須崎愼一神戸大学名誉教授は、1965年に医学部に入学したものの、自己の適性に合わなかったことから進学課程の2年間で中退した(1969年、早稲田大学第一文学部に入学)。
  • 学部別入試時代(1995~年度)
    • 1995年度から学部別の入試となった。
    • 2011年度より入学してからの2年は総合教育部に配属され、他の理系学部の学生と一緒に多くの教養科目を共に学習する。
    • 2018年度にカリキュラム改訂され、従来は2年充てられていた教養課程が1年に短縮された。

医学部保健学科 Edit

  • 1980年(昭和55年) - 医療技術短期大学部を設置。
  • 2004年(平成16年) - 医療技術短期大学部が医学部保健学科に昇格する。

工学部 Edit

理学部 Edit

薬学部 Edit

  • 1965年(昭和40年) - 薬学部を設置。
  • 2006年(平成18年) - 薬学教育6年制移行により、薬学部薬学科を6年制に移行、総合薬学科廃止の上4年制学科の薬科学科を設置。

歯学部 Edit

  • 1967年(昭和42年) - 歯学部を設置。
  • 1967年、教養部に歯学進学課程を設置。

キャンパス Edit

札幌キャンパス Edit

  • 全学部が使用する。(但し、水産学部3、4年次を除く)
  • とにかくでかい。そして立地が全国トップレベルで良い。
  • 札幌市の中心部(札幌駅から歩いて約7分)に緑いっぱいのキャンパスを有している。
  • その広さはおよそ東京ドーム38個分!上空から見た札幌キャンパスはまるで都会のオアシスのようである。
  • 春は桜を始め花が咲き乱れ、中央ローンでお花見をすることができ、夏は涼しく(めったに30℃を超えない)、秋は黄色に色づいたイチョウ並木がたくさんの人を呼び、冬は北海道ならではの、白くて美しい雪景色を楽しむことが出来る。
  • そのためある時期になると観光客が押し寄せる(これは東大にもよくあること)。楽しんでいる観光客を横目に自分たちは図書館でテスト勉強なんてこともザラにある模様。

函館キャンパス Edit

  • 水産学部の3、4年次で使用。
  • 別名「函館水産大学」。

入試 Edit

  • 関西駿台においては、医学部や看板学部の農学部、獣医学部を除いて志望者がほとんどいない。
    • 関西では北大の実在すら疑われている。
      • ただ、東京や大阪でも説明会を開催しており、実際に関西からの進学者も少なからずいる。
    • 後期入試で入った人の中には仮面浪人も少なくない模様。
  • 上で書かれていることは過去の話であり、平成末期〜令和の現在は関西から北大に進学する学生は結構多い。[要出典]
  • 学部受験に際しては、従来通りの学部別入試の他、2011年度からは、「文系」、「理系」の2分野で一括募集し、2年次に成績と学生の希望に基づいて所属学部を決定する「総合入試」(大くくり入試)制度も導入している。
    • 学生の成績によっては希望の学部に所属できないこともあり、希望学部に所属するためにあえて原級留め置き(降年、自主留年)を選ぶケースもある。
    • 総合入試による入学者は、他系移行(文系から理系学部、理系から文系学部への移行)も可能。
       
  • 2020年度後期入試ではコロナウイルスの影響で学科試験が中止、センター試験利用入試と化した。
    • 数IIIを履修しなくとも旧帝大の理系学部に進学可能という珍しい現象が起こった。

概要 Edit

  • 札幌農学校時代よりリベラルアーツ教育を重視している北海道大学では、東京大学の進学選択制度に似た「移行制度」を基本としている。
  • かつては医学部、歯学部と水産学部以外の全ての学部学科で、現在の総合入試や東京大学の「進学振分け制度」に似た「移行制度」を採っていた。
    • これは北海道大学創立者のクラーク博士が「リベラルアーツ」を目指したためであるとか。
  • 当初は「文科」、「理科」、「水産科」として学生を募集し、入学後は文類・理類・水産学部という区分が用いられていた。
  • その後、1955年度から1978年度までは、「文類」、「理類」、「水産類」、「医学進学課程」、後「歯学進学課程」(1967年度新設)で募集していた。
  • 1979年度から1994年度までは、水産系、医進・歯進以外は文I~III系、理I~III系というやや細分化した枠で募集していた。
    • 文類は文I、文II、文III、理類は理I(数物)、理II(化),理III(生物)、に細分化されましたが、医歯進、水産には手がつけられなかった。
  • 1995年度からはさらに細分化して、学部別募集になっている。
  • 1995年度より「移行制度」を取りやめ新たに「学部別入試」を採用したが、教養教育を重視する北海道大学においては実情に合わず、2011年度より「総合入試」制度として移行制度が復活した(学部別入試は縮小の上存置)。
    • 総合入試が導入される際は、かつての文類、理類が復活するかのような報道がなされていた。
  • 「総合入試」では、「文系」「理系」の2分野で募集し、2年次に成績と学生の希望に基づいて所属学部を決定する。学生の成績によっては希望の学部に所属できないこともあり、希望学部に所属するためにあえて原級を選ぶケースもある。総合入試による入学者は、文系から理系学部、理系から文系学部への移行も可能。
  • 他大学と同様の学部別入試の他、文系理系それぞれで総合入試がある。
    • 総合入試で入学した場合は1年次は総合教育部に所属し、2年次に進級する際に成績順で希望する学部学科に配属される(上記総合教育部参照)。
  • 学部別で受験する場合は学部単位で募集しているのか、学科単位で募集しているのか、専攻専修分野別で募集しているのかが学部により異なるので募集要項を要確認。
  • 旧帝大にしては比較的癖のない標準的な出題が多い。

●前期日程
 ・学部別入試(1種類)
 ・総合入試(理系と文系がある)(2種類)
 ・国際総合入試(理系と文系がある)(3種類)
●後期日程(学部別入試のみ)(4種類)
●総合型選抜(元AO入試)(5種類)

出身者 Edit

  • 朝霞靖俊先生(獣医学部)。
  • 景安聖士先生(農学部)。
  • 白井丙午郎先生(医学部学士編入)。




*1 戦後の新学制の初期(1951〜1954年度)、医学部・歯学部の入学資格はアメリカのメディカルスクールをイメージする連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ)公衆衛生福祉局(PHW)の強い意向により、「医学・歯学以外の学部において二年以上在学し、所定の一般教育科目等を履修した者」とされていた。
*2 1954年3月の学校教育法の改正(学校教育法第55条第2項の追加、第56条第2項の改正)により、医学部及び歯学部の修学年限は、進学課程2年と専門課程4年の計6年とされ、進学課程は同一学部内に設置することを原則とした(施行は1955年4月)。